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「ニート」(僕)が「マイノリティ」から学べること~協力団体を募ったわけ~  

 今回のイベントを行うにあたって「ゲイ」「シングルマザー」「身体障害者」には声をかけようと思っていました。
 その人たちの中でも「がんばろう」と思っている人たちにです。

 僕は、彼らのことをすごくよく知っているというわけではありません。
 それぞれに、何人か友達がいるくらいです。

 ただ、自分の悩みを思う時、彼らの中でがんばっていて道を拓こうとしている人を見るたび「言い訳できないな」とは思うのです。


 ゲイの人たちは、「受け入れても前に進むこと」を見てきました。
 もちろん、そうでない人もいるでしょう。
 しかし、自分の逃げられない性を受け入れ、これは言い訳しようもないし、誰かに受け入れられたいと渇望するものである。
 しかも、少数派で、理解されることがあまり望めず、はなから諦める部分もなくはない。
 だけど、それでも明るく進んでゆく。

 僕は、こう見えても昔(今でも時々)女の子にすごい、一方的に相談や色んなことを持ちかけられることがたくさんありました。
 「中性的」だったのもあるでしょう。
 ただ、頼られる?のはうれしい反面、一方的なあちらからの重い現実に、潰されそうになることもありました(実際何度も潰れかけましたw)

 そんな時ゲイの友人などが言ってたのです。
 「別に、彼女たちは、聞いてほしくて、私たちは来るから、聞くだけ。どうして耐えられるかって?あちらはこちらに関心がないことが、すでにわかっているから。切羽つまっていて、自分は”ボランティア”のつもり。」
 僕は聞かされる自分自身も理解されたくて空回りしまくっていたのですが、「愛されることを諦めながらも付き合う大人の姿勢」に当時は思えました。

 今は僕自身の姿勢はかなり違いますw
 だけど、”彼”の姿勢が色んなことを諦めながらも、世界と優しくコミットし続けようとする工夫のあらわれだということは、なんとなくわかりました。

 もちろん色んな人がいると思いますが、LGBTの人を知ると、なんとなく「諦めた果てのポジティブ」のような、一周まわったようなしたたかさ、大人さを感じることがあります。
 それは、当時の僕にとって「愛されなくても生きられる」と、ある種、救いの一つでした。



 シングルマザーの友人は、実は結構多くいます。
 また、シングルマザーの下に育った子供(なぜか女の子ばかり)の友達もまた多くいます。
 僕は、思春期、基本的に男が嫌いで、いったいどうしてこいつらこんな無責任でヘタレな逃げ男ばっかなんだろ。
とイラつくことがかなり多かったです。
 お腹にいるうちから別れるとかあって、さすがに「殴って説教するから会わせろ」と言いましたが止められました。
 まあ僕がすごい若かったころですが。
 とにかくありえないバカ男のエピソードがけっこうあって、いい加減シングルマザー側は損かぶってるだろ、と本当によく思いました。

 ただ、実際には彼女たちはそれでも生きていっている。
 生きていかざるを得ないというか。
 生活とか、抱える家族とかで、ニートとかやってる場合ではないのです。
 僕の友達の場合なのでメンヘラ率は高かったですが。
 生き方として「言い訳しない」というのはここでも僕はなんというか、眺めてきました。
 まあグチはけっこう言ってきますが、基本的に彼女たちは動きます。

 なので、正直、シングルマザーも、その子たちも、まあ基本的に「動く女性」はリスペクトなのです。
 今でもときどき、彼女たちは自意識やってる場合じゃなく動いて生活しているよな、とは思います。



 身体障害者は「誰でも格闘技」関係の影響が多いです。
 もちろんそれまでにも、何人か友達もいましたが、彼らのように、わかりやすく身体でがんばる、というのをリアルに見たことがなかったので。

 僕は実は、夏にかなりのケガをしたのですが、それでもやはり格闘技はやりたい、と思いました。
そして、彼らの、この「一種不自由さ」を持ちながらも、別に同じように心が身体で闘うことを求める切実さも。

 「誰でも格闘技」はサイトを見てもらえればけっこうわかるとは思いますが、当事者主体でやっているサークルです。
 それ以外にも、ここを通じて色んな人とも知りあいましたが、基本的に「言い訳」してたら、いくらでもできる世界です。
と、思いました。
 もちろん、そういう人もいるでしょうし、時々聞くグチは、かなり、ベタに、そういうものも多かったものでした。
 だけど、実際に生きていく上で、どんな程度でも受け入れていかなければ、自分を満足させることはできない。

 たとえ、視野が狭まってゆこうと、筋肉の伸縮稼動が狭くても、自分がやりたいと思ったからには、やるしかないのです。
 僕は、自分が身体を使うことをやってきているだけに、かなり痛く「言い訳できないな」と彼らと知り合いながら思いました。




 僕は「ニート」です。
 そんなわけで、僕が生きてく上では、別に「ニート」業界の人に救われるばかりでもなく(というか、そういうのは、むしろまったくと言っていいほどなかったw)様々な「業界」の人たちの生きる姿勢に影響を受けたり、時には励まされたり、まあグチも聞いたりしながらww、へタレですけど進んできたわけです。

 そこには、たぶん、まああんま言うのもアレですけど「リスペクト」があります。
 まあ、言葉で言うならね。
 別にリスペクトなんてしてねーよばーかばーかwwww

 まあ、彼らのことを思う時、触れ合う時、違う世界の「言い訳できなさ」「優しさ強さ」を知るのです。

 心、生活、身体、ともに。


 なので、この3者は、まあ僕が勝手に思っていただけですが、声をかけようとは思っていました。
 シングルマザー支援のウインクさんは、あちらから、かけていただいたわけですが。

 他に、マイノリティへの思いは色々ありますし、他の業界の団体さんたちにも、それぞれ、思うところあって声かけた「理由」はあります。
 また、おいおい書くかもしれません(書かないかもw)



 まあそんなわけで、僕が今回「協力団体」として他に色いろ、ニートヒキ、メンヘラ業界以外に声をかけさせていただいたのは、こういう部分も、あったりしたり、します。
 まあ個人的なもんですがね。


新川さん親子@下見

写真は関係ないですが、ウインクの新川てるえさんと、アンファンパレットの新川明日菜さんと会場下見に行った時のものですw
グダグダ僕の文がイモくさいので載せさせていただきましたwww
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2010.12.13 Mon l テーマ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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